
ブログを書くようになってから、
もうひとつ、良い習慣ができました。
日経新聞を、すみずみまで、毎日、読むようになりました。
お恥ずかしい話なんですが、それまでの私は、
ネットニュースを流し読みするだけでした。
これでは、いけないなあと、ずっと思っていました。

なぜ、すみずみまで読むのか
コンピュータの世界に、こんな言葉があります。
Garbage in, garbage out
「ゴミを入力すると、ゴミが出力される」。
入れるものの質が悪ければ、出てくるものの質も悪い。
そういう意味です。

私は、ふだん言葉を使って、人に何かを伝える仕事をしています。
お客様に、社員さんに、言葉を選んで、お話しします。
さらにはブログを通じて毎日発信し、
自分の考えを、毎日世の中に伝えていくことになりました。
だからこそ、私は自分の頭の中に入れるものの質に、
こだわりたい。そう、思うようになりました。

そこで、登場するのが新聞です。
新聞記事を書く記者さんは、文字で伝えることの、プロです。
入社したときから、きびしく文章を、鍛えられています。
そのプロが、毎日、本気で書いた文章が新聞です。
その良質な文章を、毎日浴びる。
こんなにぜいたくな勉強は、ほかに、ありません。

見出しでは、出会えなかった話
先日、大きなニュースがありました。
ヤマダ電機と、エディオン。
二つの大きな家電のお店がひとつに統合されます。
そのこと自体は、ネットでも大々的に報道されました。
でも、です。
新聞をすみずみまで読んで、はじめて知ったことが、あります。
記事の、ほんの片すみに、こんな言葉が、紹介されていました。
蓮の花は、泥水にしか、咲かない。

これはエディオンの創業者が、好んで使われた言葉、だそうです。
この言葉はもともと、仏教の言葉です。
泥のように、汚れた世の中でも、染まることなく、清らかに咲く。
その尊さを、表している言葉です。

でも、久保さんの受け取り方は、少しちがっていたようです。
久保さんが架電の大安売りを始められた当時、
業界じゅうから大反発を受けました。
メーカー二十社ほどから、商品を出してもらえなくなりました。
それでも、安売りをやめませんでした。
お客様のためなら、業界のはみ出し者でも、かまわない、と。
きれいごとの中からじゃない。
泥のような場所(異端児・はみ出し者)からこそ、
愛される花(消費者からの支持)は、咲く。
このように、捉えられていたようです。
じつは、ヤマダ電機をつくった創業者の方も、同じでした。
大きな会社を飛び出して、一人で、お店をはじめた人です。
新聞は、お二人のことを「異端児」と、書いていました。
業界の常識と戦いつづけた、二人の創業者が、手を組む。
とてもしびれる話です。
つまりこの度の合併は、単なる売上高の大きな会社が、
単にスケールメリットを狙っただけではない、
とも考えることが出来ます。

今は、はみ出し者のように見えても、
お客様だけを見つめていれば、きっと、花は咲く。
そんな勇気を、もらいました。
その他にも、もうひとつは、勇気をくれる話がありました。
ある一冊の本の、紹介記事です。
予備校で物理を教える先生が、一冊の本を、書きあげました。
大学の教授でも、博士でもない。一人の、予備校の先生がです。
その先生が、ラテン語などの古い原典にまで、あたって。
物理の歴史を、一冊の大著にまとめあげたんです。
『磁力と重力の発見』山本義隆さん・著(みすず書房)
この本は、大佛次郎賞など、三つもの賞に、かがやきました。
肩書きでも、所属でもない。
本気で打ちこめば、一流の仕事が、できる。
どんなときも、あきらめない。そう、教えられた気がします。
ぜんぶ、ブログのおかげです。
なぜ、私が新聞をすみずみまで読むように、なったのか。
きっかけは、ひとつだけです。

良いブログを、書きたい。
ただ、その一心からでした。

人に伝えるために、書こう。
そう決めた、そのとたんに、同じ新聞がちがって見えてきました。
見出しの奥の、小さな記事に目がとまります。
小さなコラム。本の書評。全てが、ネタの宝庫でした。
これは、商売でも同じだと思います。
何を、自分の頭の中に入れているか。
それが、お客様にお渡しするものの、質を決めます。
良いものを入れている人は、良いものを、渡せるんです。
逆に言えば、良いものを渡すには、良いものを入れなくては。

……なんて、えらそうに言いましたが。
じつは私も、はじめたばかり。
まだ、よちよち歩きです。

肩の力を、抜いて。
今日も、新聞を一面からめくります。

